2014年07月07日

徳島新聞「読者の手紙」


7月3日の徳島新聞「読者の手紙」に私の拙文が載りましたので、ご一読下さい。

 大空襲思い出す自衛権容認


  69年前の7月4日未明、徳島市の富田橋北詰に住んでいた家族7人は空襲警報で防空壕に飛び込んだが、激しい焼夷弾の嵐にてんでに壕を飛び出した。
  6歳の私は父に肩車をされ焼夷弾を避けながら富田小学校裏の田んぼにたどり着いた。そこで父と腰を下ろし、燃え盛る街、落下する焼夷弾の嵐、縦横無尽に旋回する敵機の陰影をぼうぜんと眺めていた。
 熱気と硝煙のほとぼりが冷め自宅に帰ると、家屋はもちろん防空壕は跡形もなく焼失していた。奇跡的に全員無事を喜び合い、焼け残った黒焦げの米をかじりながら半田町へ疎開し、そこで終戦を迎えた。 物心がついて、きょうだいで空襲時の話し合いをしたとき、次姉の話に息をのんだ。富田橋を渡ったとき、一人で逃げていた同級生と遭遇、手を取りあって県庁の方へ逃げたが、途中で急に友の手が重くなったので振り向くと、何と身体に焼夷弾が直撃していた。余りの恐怖に泣き叫びながら県庁の前を走り抜け、親切なおばさんに助けてもらったそうだ。長姉は新町川に飛び込んだが川岸の倉庫が焼け、筏も焼夷弾で燃え出して川が熱湯のようになったため川の中央まで逃げた。
 平和憲法に守られ、こういう経験はわれわれが最後と思っていたが、なぜか安倍晋三首相をはじめ戦争の実態を知らない国会議員らは、憲法を無視した集団的自衛権の行使容認を決定、再び日本が戦場になる現実性が帯びてきた。これが戦争への「蟻の一穴」にならぬよう切に祈るばかりだ。(2014.7.3)

古本真二郎
 
 

 

 

 

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この記事へのコメント
戦争経験を語ってくださる方々に傾聴し、共に平和を祈り合う、そして、次の世代に伝えることの大切さを感じます。こうした意味で、信徒訪問は、貴重な時間です。
Posted by 牧師 at 2014年07月08日 06:40

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